中東の水の歴史から見る今

 

もう12月に入ってしまった。 今年もあっという間に過ぎようとしている。

年金改革法案も通過し、いよいよこれから、年金の減額が始まるとネットではあちこちで話題になっている。

南スーダンに自衛隊が武器を持って現地に向かう話も、どうなるかと思っていると、あっという間に決まった。 そして知らぬ間に、自衛隊は現地に向かった。 それから間もなくして、海外の新聞から、南スーダンでは戦闘が激しくなり人種浄化が始まったと言いだした。

大層な言葉が飛び出して来た。 一方、日本では、戦地に赴いた隊員が死亡した場合の弔慰金が6000万円から9000万円に引き上げられるとか、現地手当てが、一日8000円とかのの話は出てはくるが、南スーダンの現況についてのニュースは出て来ない。

中東では、イラク軍がモスル奪還作戦で市内に侵攻しているとニュースは伝えていたが、それによると、ISISが水道設備を壊し、給水所の電源の遮断や水道管の破壊などが行われている言っている。 それに合わせて、子供が水道の栓をひねっている写真が載っていた。

トルコ軍がモスルの奪還に参加しようとすると、イラク軍はトルコ軍に出て行ってくれという。 しかし、どちらも同じように、ISISからのモスル奪還については共通している。 この点についてはニュースははっきり説明しないので、ニュースを聞いていてもあまりよく解らない。

以前から言われていた事だが、以前、このブログにでも書いたが、イラク軍の構成を見るとクルド人が多く占めている。 ニュースは初期段階から、このクルド人についての問題は避けて来た。

トルコはトルコでPKKなどの左翼クルド人問題を抱えているし、トルコにとってはこれらとイラク軍と言っても、その内容構成までには言及がない。 従って、将来、トルコのクルド人勢力と、イラクを制圧した際ののイラク軍内のクルド人勢力がどのように結びついてトルコに脅威となるかわからない。  むしろトルコにとってはこの心配の方が大きい。

そこで、これらの地域の紛争が起きているイラク、シリア、トルコがどのような関係にあるのか歴史をさかのぼって違った点から調べてみた。 すると違うものが見えてくる。
現在のイラク地域はメソポタミア文明が生まれた地域であるのは学校で習うので誰でも知っている。 チグリス川とユーフラティス川の間の地域をメソポタミア、川の間の言う意味だが、他方、シリアに関して言えば、シリアをユーフラティス川が通っている。 こうした事から、この辺りは肥沃で穀物が育ち古くから文明が栄えた。

イラクの首都バグダッドはチグリス川に沿って出来た都市だが、その言葉の語源の語源を見るだけでも、昔からどんな土地であったのかが想像出来る。

Bahgdad 、語源はペルシャ語らしいが、その意味は、バグダッドのBaghは 神によって(par Dieu)、を意味し Baghdadのdad は(donne) 与えられたという意味であると解説してある。 そのまま訳すと、「神から与えられた土地」となる。 このように、言葉から見ても、バグダッドはどのような土地なのかが何となくわかる。

もっと過去をさかのぼれば、アッシリア、バビロニア、シュメール、などの名前が出てくるが、このチグリス川に沿ってこれらの街は生まれた。 現在のモスル、バグダッド、バスラは、丁度、これらの都市と、大まかに重なる。

アッシリアは現在のモスル辺りにあり、バビロニアはバグダッド、シュメールが現在のバスラあたりだと言われている。 北から順番に、アッシリア、バビロニア、シュメールとなる。

特にバスラの街は、チグリス川、ユーフラティス川が合流して一つになる地域上にあり、川はこの辺で一つになりペルシャ湾へと注いでいる。 ペルシャ湾から川が昇ってバグダッドやモスルに流れてくるのではない。 平面の地図をみていると、何となく漠然とそんな印象を持ちかねない。

バスラは二つの川の合流した場所だけでなく、シュメール人がいた地域で、シュメール人がここで楔形文字を発明したと言われている。

楔形文字はその後、メソポタミア一体に広がり、この楔形文字の破片からインド人がペルシャ湾から、この川を上ってバビロニアに来ていた当時の事も解った。

このような交流があったのでバビロニア人もインドに行き、インド人が像を使って仕事をして驚いている様子迄分った。 これが紀元前3000年程前の出来事なのです。
これを前提にして、マケドニアのアレキサンダー大王がインドを前に、引き返した理由について占いで決めたとか、その他いろいろ言われるけれど、インド人が像を使っていた記録からすると、アレキサンダー大王はインドを手前にして、いざ戦闘になると象を使ったインド軍に追い散らされたのではないかとの想像がつく。

それは、ローマとカルタゴの戦いで、カルタゴが戦場で初めて像を使ってローマ人を攻撃してローマ人が腰を抜かした話などがある。 インドでは5000年も前から像を使っていた。 インド人が戦争に象を駆り出さないわけがない。 そうでないとアレキサンダー大王がインドに迄来て、何の為に引き返したのか謎のままになってしまうし、全く解らない。 こんな事だから、神様のお告げがあったとかで済ましてしまう。
世界最古と言われている叙情詩ギルガメッシュもこの楔形文字で書かれた粘土破片から見つかった。

ギルガメッシュをネットで検索すれば、イギリスでもフランスでも、この世界最古の叙情詩についての本がたくさん出てくるが、日本ではマンガしか出てこない。 どこか根本的なところでヨーロッパと段差がある。

イスラム国がモスルを退却し、シリアのラッカへ移動していると言われているが、このシリアのラッカもユーフラティス川沿いにある古い街。

モスルやバグダッドがチグリス川沿いにあるのように、ラッカもシリアを流れるユーフラティス川沿いにある。 これら、チグリス、ユーフラティス川の行き着く先はペルシャ湾だが、その源流はどちらもトルコの高原地から発している。 その下流の地域、イラクやシリアはどうしても従属的にならざるを得ない。

オスマントルコ時代には、現在のような国境線がなかったので、大体、この辺りは人種ごとに集まって暮らしていたのに、それが第一次大戦終了後、トルコの敗北と共に、サイクス、ピコ協定により、国境線があちこちに引かれた。

このように人種の塊を考慮しないで、定規で線を引いたように、国を分けてしまった事から、同種の種族も国境線をまたいで分断された。 それを元に戻そうとする力が働いて、紛争が起きているとも言われている。

トルコは、これらの川、チグリスやユーフラティス川の源流になるが、アタチュルクダムなどを建設して水の流れをコントロールし出した。

これが原因で、過去には、イラクもシリアも「トルコが水を泥棒している」などと言いだしたことがある。

この件一つを見ても、紛争の原因になっていたし、トルコの地理的な地形の良さから、昔から、周辺国から狙われる国なのです。

オスマントルコが強大な力でこの地帯を支配下に置いていたのも、自然の成り行きで、それを1次大戦後、無理に国を分割した事からおかしくなり紛争が激しくなった。 紛争の混乱に乗じて周辺から狙われるのがこの国の昔からの特徴ではないだろうか。

金魚すくいをするネコ

魚を氷漬けにしたスケートリンクをワイドショーで話題にしていた。 聞きかじった話からでは、ネットで魚が可哀想だとかとの批判が集中して中止になったとの事だった。

中学校か高校生の頃、縁日へ行き、金魚すくいで、2匹取って持って帰った事がある。 空の金魚鉢は家にあったので、それに金魚を入れて窓際においた。

持ち帰った金魚は小さく、1センチほどの小さい金魚だった。 大きい金魚では、すくう時に金魚の重みで紙がすぐ破れる。 そんな訳で、どうしても一番小さく取れそうなのを選んで取る。

金魚が泳いでいるのが珍しいのか、シロネコが興味を示して、傍に来て、じっと見だした。

翌朝、起きると、ネコは金魚のそばで、そこから離れず見ている。

「おッ! 風流な趣味をしてるやないか。金魚観賞かい」

朝、朝食も済み、学校に行く時間にもまだ見ているので、

「趣味を持っているのはいいことや」と、ネコに言って、出かけた。
学校から帰り、金魚は機嫌よくしているか見てみると、一匹しか見当たらない。 小さな石とかも金魚鉢に入れてあったので、その辺にでも隠れているのかと、探しても見当たらない。 二匹いた金魚が一つしかいない。   ネコは相変わらず、金魚鉢のそばを離れず、真剣な顔して見ている。

「まさか、金魚なんか捕ったんやないやろな!」

そう言って、周りを見ると、金魚は畳の上に落ちていた。 自ら飛び跳ねて1メートル先まで飛び出したとも思えず、ネコがすくい上げて放り投げたもので、眠っている間も、学校に行っている間もネコは金魚すくいをやっていたのが簡単に想像がつく。

残り一匹しかない金魚を、まだ狙って、表面近くに出てきたら、手を突っ込んですくい取る機会を狙っている。

一匹になり残った金魚は、ネコが傍にいると恐れをなして、底の隅でじっとしたまま動こうともしない。
翌朝も起きてみると、ネコは金魚鉢のそばを離れないので、「まだ一晩中そんな事をしているのか、金魚はこわがって動きもしないやないか。 ええ加減にせい!」

それでもネコは懲りずに、次の日も、金魚すくいを続けている。 一日中、取れるまでやっているようだった。

あきらめさせようと、金網を金魚鉢の上に載せて縛りつけてた。

「これで、手も突っ込めんやろう♪ とれるもんなら取って見ろ!」

ここまでやれば、あきらめているだろうと思っていたが、学校から帰ると、ネコは金魚鉢に被せた金網の上に足を折りたたんで行儀よく座ってる。
「他にすることないのか。 アホ!」と、言うと、
「一々、邪魔をするな!」と言いたいのか、ハアと息を吐いて怒る。

「何がハアや。 ハトでも捕まえてみんかい!」と言うと、痛いところを突かれたのか、機嫌が悪い。

シロネコのこの性格は、近所のハトの間では有名なようで、シロネコに顔を突き合わせるほど近くに来ても、安心、安全。 堂々と傍にやって来る。 つまり、このネコはハトには全く無視されている。 そんなネコ。

金魚はネコの姿を見ると、相変わらず、じっとして底に張り付いたまま動かない。
部屋からネコを追い出して、パン屑のかけらを金魚鉢に入れてみた。 すると、小さい鉢の中を行ったり来たりし出した。

金魚は病気でもなかった。 元気よく泳ぎ出す。 1センチほどの大きさ金魚でさえ、恐ろしいものと、そうでない者とは、はっきり区別をつけている。

一方、ネコはハトはこわいし、金魚くらいしか優越感に浸れるものがない。 近所のどらネコには、追いかけ回されるし、何の用もないの、追いかけ回された時には、家に帰ると、その腹いせに咬まれるので、イジメられてきたのがすぐわかる。

しかし、こんなネコでも、へそまげられると、言う事を聞いてくれないかも知れない。 今世間でいう。このネコとはウィンウィンの関係にあったから、そう怒ることも出来ない。
ウィンウィンの関係とは、このシロネコの性格から話さないと、知らない人には、全く理解できない。

このシロネコは、どこかの知らない婆さんが小さい時に、家に持って来て置いて行ったネコで、最初から大人しく従順で行儀が良かった。

その年の冬、ネコはストーブの傍で横になって暖かくなっていた。 ストーブは石油ストーブで、ストーブの周りをスチールパイプで囲むようにしておいてあった。 タオルなど小さいものがそこに掛けて干せるようなもの。
「ネコだって、寒いわなあ。もっと暖かくする方法があるやないか」

ネコを立たせ、前足をそのスチールパイプに掛けて、

「こうすると、お腹迄、暖かくなるんや」

お腹をさすり、「どうや、あたたかいやろ ♪」

ネコがこんなにしていると、まるで人間がストーブに手をかざしてあたっているようだった。 嫌がっている様子もない。

「十分、暖かくなるまでそうしてればええ」そう言って、ネコに背を向け、テレビのドラマを見ていた。

しばらくして振り返ると、ネコはまだパイプに手をかけた姿勢で立っている。

「いつまでそんなことしてるんや。 暖かくなったら、いつまでも、そんな事してることもやいやろ」

このように従順で、言われた事を嫌がりもせず素直にやっているネコだった。 世間を探しても、普通こんなネコはいない。

「ちょっと、小遣いがないんや。 ちょっと、手伝ってくれ ♪」

前足二つ持って、ネコを立たせ歩いて、母親が仕事している所へ行った。 座机で仕事をしているので、ネコもものが言いやすい。

「今日は、いいお天気ですな ♪」近づきながら言った。

動作はすべてネコがやり、その後ろでワタクシめが通訳する。

頭に手をやったり頭をかいたり、思い通りにネコは動く。 お辞儀をしたりしながら、

「機嫌よう、してはりますか♪」

ネコを使って何かせびり出したと思っているのか、返事がない。 黙っている。

「今、いい映画をやっているのやけど、知ってはりますか?」
何を言っても黙っている。

「入場料が封切り映画で1500円と、ちょっと高いけど、いい映画なんですわ ♪」

映画館の方角をネコの右手を動かし、表現を豊かにして、「あの映画館は遠いし、電車にも乗って行かんならんし、電車賃がもいりますわな」
ネコは相手の顔を見て動作をしている。

ネコが一生懸命こうして身振り手振りで、。語りかけているのに、黙って仕事を続けている。 反応もないので、

ネコの右手で、机を叩いて、「ちゃんと、聞いているのかい!」

「うるさい!さっさと行って来い」と言って、ネコに2000円渡して、怒っている。

「ありがとうござんす」 ネコはお辞儀をして、背を向けて、その場を去った。

こんな事は、自分でやれば言い争いになり正面からぶつかってしまうので、毎回、ネコにやらせた。

シロネコとはこのような関係にあったから、近所のどらネコにイジメられて、家であたり散らされても、日頃の恩もあるので、つい、「何するねん!」というだけになってしまう。

スケートリンクに5000尾の魚を凍らせ話題になったが、世間からの批判で中止になったが、批判され、わざわざテレビカメラを入れて、延々と映し出している事に、今のインチキやウソの多い時代の新手の宣伝だと思う者が多い。

女のパンツを頭にかぶり早朝に自転車をこいで住宅街を回り、逮捕された事件があったが、これと、やっている事の対象が違うだけで大して変わりがない。

ネコの霊、犬の魂

今では、耳から入って来るものは、大概ウソばっかりだから、世間の感覚がマヒしてきた。 こんな状態で何を聞いても、またかと思わせる。 それでも二番煎じ3番煎じの同じウソを懲りずにしぶとくやられると、うんざりする。

月曜日の朝テレビをつけると、朴大統領の辞任デモの様子を映していた。 デモに便乗してホットドックなどの出店が盛況で、募金活動もあり、夜に備えて毛布迄売っていたし、地方からソウルにデモに参加すれば、バス代が半額になるなど、お祭りの為の準備が整えられていたようだった。

みんなで唱を歌いお祭りも盛況だった。 歌は大統領辞任ソングだとの事で、この日の為に作詞、作曲も用意されたようだった。 尻を振って踊っているのもカメラはとらえていたが大統領辞任ダンスと言っていた。 国を挙げての大々的なお祭りが始まった。

日本でも、つい最近、似たようなものがあった。

「9条守れ!。わっしょい。わっしょい ♪」、
「ドンドン♪」 「9条守れ!」「ドドーン、ドン♪」

あれだけ盛況で、ニュースでも随分取り上げられたのに、その後、どうなったのだろうか。
「ウッ!ともスッ!」とも言わなくなった。

犬やネコには魂がないが人間には魂があり霊がある。 それが不滅で、人間の霊は永遠に続くという。

しかし、犬や猫は人間と同じように、言葉を発する機能を持たないだけで、アホやごろつきのようなものもいるのも確かだが、感情もあるし、物事も考える。 哺乳動物なので、人間と同じように他を可愛がる。 それなのに、どうして、犬やネコには魂がないなどと、言えるののだろうか。 牛や豚でも同じ。 何でも人間の都合の良いように考えているに過ぎない。

小さい頃、保育園とか幼稚園などへは行かなかったので、小学校入るまで家に居た。  その他は仕事や幼稚園へ出て行って家は静かになる。 母親は家で仕事をしていた。

すると、どこからか猫がやって来た。 家に来ても、傍ででごろんとしているだけだが、昼迄いる。 昼頃になると、どこかへ行っていなくなった。 たまに親が何か食べ物を与えることもあったが、ネコは何か食べに家にやって来るのでもなかった。 気を利かしてなのか、昼前になると、ネコはどこかへ行く。

ネコは何しに来るのか知らないけれど、こうして毎日、家にやって来てはゴロリと横になっていた。

大きい三毛猫だったが、このネコを相手に遊んでいた。 ネコはただ横になっているだけだったが、その上に積み木を重ねてみたり、一つづつ尻尾の先から頭まで並べたり、重ねて置いたりして遊んでいた。

電車ごっこだと言っては、ネコの上を積み木を這わせたり、電車は尻尾から昇り、頭まで行っては戻りしていた。 こんな事を繰り返していた。 ネコは何も言わず、怒ることもしない。 ただ黙ってじっとしていた。
積み木もをネコの上に重ねても、4段くらいまでしかおけなかった。 少しでも動けば積み木は崩れる。

「じっとしてないからつぶれたやないか!」

自分の思うようにできず、積み木が崩れる度に、こうして文句を言った。

毎日、こんな事をして時間を潰していた。 ある日以来、ネコはぷっつりと来なくなった。

「きょうは何で来ないんやろ」 そういって、待っていても、翌日も来なかった。
「ネコはどないしてるのやろ?」と言うと、仕事をしている母親が、「怒って叩いたりするからや」と、返した。 ネコに腹を立てて、近くにあったタオルで叩いているのを見ていて、その様子を見ていた様だった。

その後、ネコがヘイの上を歩いているのを見かけたが、様子でも見に来ただけだったのかそのまま通りすぎて行った。 それも、やがて見る事もなくなった。

今、当時の状況を思い出すと、ネコはベビーシッターのつもりで、子守の為に、毎日来ていたのだろうかと、最近、ふと思えた。 小学校生になるまでの思い出はこれが大きく占める。

小学生になると、学校へ行かなくてはならない。 しかし、面白くも何ともなく、ネコに文句を言っていたような遊ぶ相手もいない。 幼稚園などに通っていなかったから、学校に行っても、知らない子供と喋るのにも馴れていなかった。

入学式には、みんな小学生用の制服らしいものを着せられて学校へ行った。 深い紺色のダブルの上着だった。

入学式が済めば、そんなものを着てくる子供はいなかった。 親はそれを着て学校に行かせる。 しかし、学校へ行けば、まだそんなもの着てるのかと笑われる。
朝は、学校へ行く準備にこの服を着せる。 「こんなん着て、学校、行くのんいやや」と、ごねて、それを脱ぐと、「これが小学生の制服なんや」と親も、再び着せる。 中々譲らない。

こんな問答の末、制服を着せられて学校へ行った。 家で、こんな事でもめているだけに学校は遅刻する。

こうして毎朝、学校に着ていく制服について母親ともめていた。 着せても、「こんなもん着て学校なんかい行かへん」と言って、脱ぎ捨てた。

今、着ないと、身体は大きくなってくるのに、いつ着るのや。 親は親の理屈をこねて、着せようとする。 「そしたら学校へ行かへん」。 無理やり着せられて、とぼとぼと、家を出て行った。 そんな思い出しかない。 親はネコと同じ様にはいかなかった。

毎朝、こんな事で、学校へ行く、行かないで揉めていたが、親の決心も硬いが、それ以上にこちらの決心の方が強かった。 毎日こんな事を続けているので、母親のほうが折れたのか、いつの間にか制服を着て学校へ行かなくなっていた。

小学校2年生くらいになると、学校にも多少馴れて来た。 向かいの家の前には犬が繋いであった。 既に大きく。  にらまれて、ワン!と吠えられでもしたら怖いから、近所の子供は余りこの相手にならなかった。 自分も同じだった。

「黙っているけど、あの犬はこわい犬なんやろ」と、母親に言うと、

「お近づきのシルシに何か持って行ったらどうやと言うので、給食で食べ残したパンを犬に持っていった。

すると、それまで黙っているだけだった犬は尻尾を振って機嫌が良くなった。 それ以来、学校帰りに、遠くからでも歩いているのを見かけると、犬は立ち上がって、前足を手前へひいて「こっちへ来い」と、やり出した。 ひもでつながれているから、それが精いっぱいだった。

犬も成犬だと立ち上がると、小学生よりずっと大きい。 顔をぺろぺろと舐めたりするが、やがて、頭を撫でてもそれだけで済まなくなって来た。

くらいつかれると身動きが取れなくなる。 機嫌よくしているだけなので、犬に危険は感じなかったが、くらいつかれると、足をほどいて引き離さなければならない。

「離せ!離せ!離してくれ!帰れへんやないか!」 と、くらいついた犬の足をほどくのが大変だった。 パンを貰って満足しているのではない。 「傍に居れと」と、いう事らしかった。

一緒にいるのが満足ならと、その内に、繋いであるひもをほどいて散歩に連れだし町内を一周した。

もう、顔を見たら散歩に連れてくれるものと思い込んだのか、学校帰り、通りの角を曲がって、犬が見える位置にいると、遠くからでもこちらに気が付く。 立ち上がって、前足を二つ手前へ引き寄せて、「おいで、おいで」と、やり出す。
「今日はメンコをしに行かなくてはならないから、散歩などいかれへん」と言っても、犬は、必死になって、こちらへ来いと呼ぶ。

下校時、子供と遊びの約束があるので、犬に見つからないようにカバンで顔を隠しながら家に帰っても、いつもの様に、立ち上がって、前足二つで、こちへ来い。こっちへ来い」と、やり出す。

家に帰るなり、「カバンで顔隠しているのに、犬はなんで解るんやろう」と、母親に言っても、黙ったままで返事もない。

大きな犬を連れて近所を歩いていると、誰かがそれについて告げ口でもするのか、

「犬の方が力が強いのに、途中で犬同士で喧嘩でもやり出したら、手に負えんやろ。 犬に引きずられるだけやから、もう、連れて歩くのはやめとき」と言い出した。

それでも、いつもの様に学校から帰ると、つないである犬を散歩に連れて行った。 途中で、他の犬と喧嘩しそうになったこともあったけれど、連れているのが犬より小さい子供なので、犬もそう無理もしなかったのか、子供を引きずるほど、引っ張ることはなかった。 引っ張っても、子供のチカラで引き戻せるくらいしか、引っ張らなかった。

いまどきの犬は大した分別もなくなったように見える。 人の役に立ってやろうとするネコすらいなくなった。  どうも人間に似て、人を見れば不審者。 男や女を見ればチカン、景色を写真に撮っても、盗撮の疑いが出てくるように、犬やネコもそれにならっているのかとさえ思える。

ウソつきの試合がそろそろ始まると言われるなかで、

ニュースは大統領選挙でトランプ氏が勝ったとテレビではどこのチャンネルでも騒いでいる。 家族の身の上調査をあれこれやっている局もあり、長女が次期駐日大使のようだとか、もう早速、言い出した。

日本では、トランプが選挙に勝つとは思っていなかった者が多かったのか、いざ蓋を開ければ、トランプ氏優勢のニュースで、政府が慌て出したとか言っている。

選挙投票前には、首相がヒラリー候補に会って握手をしている様子などをニュースで流し、メディアも「次期大統領はヒラリーに間違いなし」と太鼓判を押しているような印象を持った人も多かった。

こんな状況の中で、メディアは意に反してトランプ氏が当選すると、首相はトランプ氏には会いもしなかったと、また文句を言っている。
しかし、選挙運動中でもヒラリー候補については日本以外のメディアも余りよく言っていなかった。 怪しげな話があちこちから飛び出し、ロシアはヒラリーが大統領になれば、第三次世界大戦が起こると、露骨に反ヒラリーの態度をあからさまにしていた。

アメリカの新聞でさえ、トルコのクーデターの首謀者とされるグレン教団の集会にもヒラリーは顔をだしていた言われるし、とにかく世間に悪印象を与える話はよく出ていた。

これに関する昨日のトルコの新聞ではヒラリー候補の選挙運動にグレン教団が200万ドルの寄付をしていたなどの記事が出ていた。 200万ドルと聞くと大変な額であるかの印象を受けるが、選挙運動費用として6億ドル使ったと言われる中では200万ドルなど、わずかな金額に過ぎない。 こんな話が出てくるところを見ると、グレン教団との関係も今まで随分言われていたが、まんざら根も葉もない事でもなさそうだった。

どこからどこまでは本当かインチキなのかは解らないけれど、朴大統領がヒラリーとの話の中で、戦争中の日本がいかに悪い行いをしていたかを話題にし、慰安婦をConfortable women と言っていたようで、これをヒラリーは「Conmfortable Women」 て何なのだ。「Sex Slave」 にしなさいと言ったとかの話がNYTの記事に出ていた事もある。

こうして、日韓の間に、いつの間にかこんなおかしな事が沸き上がり、こうして慰安婦問題は英語で性奴隷として,その地位を確固たるもとなった。

この騒ぎもやっと下火になったかと思うと、「熱しやすく、怒り易い」韓国人の性質の矛先の向ける場所を失った。 たちどころにその理由は何であろうと、矛先が大統領自身のメール問題を暴露され、国家の機密を知り合いと相談していたなどと降りかかって来た。

慰安婦問題が不安定な韓国の政治を支える大きなつっかい棒の役目をはたしていたのに、そのつっかい棒を取り除こうとすると、たちまちこの調子だ。
今年中に、「ウソつきの試合があるかもしれない。 常在戦場だ、ココロして臨んで戴きたい」 そんな話が出たと思うと、あるメディアからは試合は来年になるまでないだろうとも言っている。 それ自体が大きなウソだったりする世の中だから、国民はそれぞれ自分で知恵をつけるしか方法がない。

スーパームーンの14日は過ぎた。 日本のどこかの地域で地震を予想していた人もあったが、当面、何事もなかった。 しかし、ニュージーランドでは震度7.8の地震があり、道路が裂けている映像がニュースに出ていた。
地震の起こる場所が違っても、地震が起こると予想していた人はこの点に於いては、見事に当たっている。

博多駅前の道路陥没事故についても、まさか、あんな場所で大きな陥没が起こるとは、思ってもいなかった。 隣国で橋が落ちたとか、ビルが崩れ落ちたとか言って喜んでいても、同じ事が日本で起こっている。 同じ湯に陥没の映像を見ると、彼等も喜んでいるだろう。
JR九州では豪華列車が走り、人気が高くて、乗車待ちが100倍だとか言っていた。 利益が出ているのだろうかと、つい疑う。

この種の列車はヨーロッパにある。 オリエント急行の名で知られているが、これについてはブログで数年前に書いたが、この汽車は古くから金持ちの乗る旅行汽車として知られている。 小説にもなり、それが余計に人気を上げた。

人気を上げる為に小説を書きベストセラーにした。 そんな細かい芸の上に立って乗客を一定数保って来た。

最近、通販で、オリエント急行の小説が出ていたので、タダ読みで少し読んでみると、アレッポの街の名前が出ていた。 イラクで今、ドンパチとやっている有名な街なので、この街の様子でも書かれているのかと、つい買ってみた。

しかし、駅の名前として出ているだけで、街の描写など何もない。 期待していたものは何も出て来なかったので、途中で読むのをあきらめた。

列車内の殺人事件を中心に話が進むが、小説自体も今の時代には、時代にマッチもせず、そんなに面白いものではない。 題名だけが一人歩きをしている。 殺人事件など日本では毎日のように起こっている。

パリでこの汽車を見た時、列車内のテーブルは昔風のランプが備え付けてあり、レトロな感じをそのまま残してあった。

ババㇽ時に、たくさんの日本人団体客がパリに来るので、おっちょこちょいの日本人観光客が上得意だとの事をこの駅で働いている者から聞いたことがある。
さて、日本も同じように、これにマネたのかどうか豪華列車を走らせた。 どれだけ儲かっているのか知らないけれど、豪華で料理が最高級だというだけで、それ以外に一体何があるのだろうか。 小説で有名にしたとか、列車に物語性があるとかでもない。 列車から見える景色は情緒とは遠く、窓を開ければ、建売住宅が線路両脇に迫って建てられ、これでは景色を堪能するような事もない。

景色を保全するという考えすらない国で、いくら立派な電車を走らせても、乗客の情緒を満足させることは難しい。 国が田舎の景観を守る事もして来なかったツケがこんな所に現れて来る。 ご馳走食べるだけなら、何も列車の中で食べる必要もない。

オリエント急行が儲けているのを、その点だけを真似して、中国人の金持ちを乗せて儲けたろ!などと思っても、ヨーロッパのオリエント急行と同じ様にはならない。 あちらは景色を込めての値段なのです。
爆買いとか言って、さんざん小売業を振り回して、今になって、もう爆買いはないという。 それを当て込んだ店は、今は閑古鳥が鳴いていると嘆いたいたが、これが彼らのやり方なのです。

ロシアのガスも同じで、最初は安く相手国に依存的な状態を作り、依存度が高くなると、値上げする。 それに応じないとガスを停めるとか言い出し、真冬にガスを停められ、住民がガタガタ震えていた国があったのも、つい数年前の事だった。

ヨーロッパでも、ロシアのガスがパイプラインでつながっている。 その依存度が一番高いドイツが、一番ロシアの影響を受ける。 EUとロシアとの安全交渉で一番ぐずぐずしているのがドイツだと言われているがこの点から見ると合点がいく。 ドイツの燃料の60数%がロシアのガスに頼っていると言われている。

この為、ヨーロッパでは天然ガスをこれまでの方針を替え、安全保障上の問題が浮かび上がって来た。 燃料を他国からも輸入できるように、ロシアからのパイプラインにだけ頼らず、船で運べるようにカジを切っていると言われている。  突然、ガスの元栓を閉じられてオロオロさせられる事がないように。 こうして港の整備をしている国が出て来た。

ロシアは天然ガスを日本とパイプラインで結びたがっても、他国を見ると、ホイホイと手放しで喜べない。

南スーダン、駆け付け警護

社会現象の主要な方向を本質的に決めるのは知の発展である。 コント

日本はこの知の低下に一生懸命になっている。 教育の質の低下を見ても大学の質の小中学校が叫ばれ、その他のこれにまつわるものはたくさん話題になる。

不審者や痴漢の教育で、小さい時から、知らない人とは話をしなくなったし、これが為に人とはまともに話も出来ない者が多くなった。 こうして人間の孤立を生み出し、自分の周囲の馴染みのある者の言葉を信じやすくなり、デマに乗りやすくなったのもそのせいだろうし、ありもしない事を他人に吹かれて、それに突き動かされ血迷った行動をとるようになった。

今週のニュースは、海外ではイラクのモスルの奪還のニュースがあった。 モスルの街中にカメラが入り、街の様子を映していた。

今までISISとの戦いは砂漠の中でやっているような印象を受けたが、実際はこのように、モスルは都会なのです。

この地は古くから交易の場として知られ、東西から人が交流し商業が活発だった。 織物のモスリン織はこの地のモスルから来ている。 この土地を奪還するのに、何年もかかっている。 このまま戦闘が終わる様には思えないが、とにかくイラク、シリアでの争いは根が深い。
日本では、これから関係を持ちそうな南スーダン。 「駆けつけ警護」だとか、「戦闘ではない、衝突にすぎない」などと、もう既に何十回とニュースで聞くが、現地に派遣される部隊についての討議が、このような余りよく解らない言葉で討論が進んでいる。 おかげで、それを聞いている現地に行った事もない我々には、その内容が全く分らない。 どのような地域なのかすらほとんど不明。

現地人が片足で飛び跳ねて、ほぼ裸で手にヤリを持って踊っているようなイメージしか思い浮かばない。 しかし、この種のアフリカの映像は観光用で、実際、彼らの日常生活でそんな事をしているのではない。

スーダン、イラク、シリアなどは、オスマン帝国の支配地だったという意味ではどこかで共通する。

そこでスーダンの歴史を少し振り返り、南スーダンがどんな地域かを調べてみると、 輪郭が少し浮かびあがる。
スーダンは1820年にエジプトに占領され、エジプトはイギリスの支配下に置かれ、スーダンも含めてイギリスの保護国になった。

エジプト自体は元々、オスマン帝国の一部だったので、エジプト、スーダンはイスラム教が主流を占めている。 しかし、スーダン南部では土着のたくさんの精霊信仰やキリスト教徒がいてスーダン北部のイスラム教徒との争いが絶えなかった。

スーダン北部は比較的早くイギリス支配を受け入れたので、イギリスはスーダン北部を中心に近代化を進められたたが、中央政府のイスラム法や文化に、精霊信仰の多い南部スーダンは激しい抵抗をした。 その結果、スーダン南部では開発に力も注がれず発展が遅れた。

こんな中で、1956年、スーダンはイギリスから独立した。 しかし、スーダンの北と南部、それまでの二元化のお陰で南部スーダンでは政治的混乱が残されたままになった。

このような問題もあったけれど、この地では石油が採れる。 採掘井戸のほとんどはスーダンの南部が占めている。 この原油は北部のカーツームで精製され、そこから紅海のポートスーダンから輸出されている。

北部スーダンはイギリスが植民地化する前からイスラム教が中心だったので、 北部指導者は南部にもこれを適用しようとして反発を招き、とうとう市民戦争(1955~1972年)になってしまった。

1972年にエチオピアのアジス・アベバ協定で内戦は終了したが、それも続かず、第2次市民戦争(1983年~2005年)へと再び内戦が起こった。

2005年の協定では、北部スーダンと南部スーダンとで、権力の分配の概略や富の分配などが決められた。 6年以内に南スーダンが独立するかどうかの為の南部スーダンによる国民投票を行う事で、南スーダンに自治権を与えられた。

その6年後、2011年の1月に南スーダンで国民投票が行われた。 圧倒的多数で南スーダン独立派が勝った。 こうして、その年の7月に南スーダンはスーダンから独立を宣言。 北部スーダンは、昔のままスーダンを名乗っているが、国は二つに分かれた。

これが南スーダンが誕生した経緯。

権力の分配はこうして北と南スーダンに分けられたが、富の分配を見ると、スーダンは石油が採れると言っても採掘井戸のほとんどは南スーダンに集中している。 ここでは工業もほとんどなく自国で石油を消費するところがない。

石油も精製して輸出しないとカネにならない。 その精製する工場がスーダンの首都カーツームにある。 ここから紅海のポートスーダン迄運び輸出される。 精製工場もない、内陸部で港もない南スーダンで採掘した石油はこうして北と南で原油から上がる利益の取り分が決められた。

南スーダンはこのように歴史も浅く、新しい地図でも買わないと、スーダンと南スーダンの国境線が引かれてもいない。 ただスーダンと載っているだけなので、駆け付け警護だとか衝突だとか言ってスーダンの局地で争いが起きているような印象を持つが、新しい地図を買えば、はっきりと南スーダンの国境が引かれている。 南スーダンとは一つの独立国なのです。


南スーダンのジュバもニュースで度々聞かれるようになった。 自衛隊が駐屯しているこの地は、周辺で収穫された農産物がここに集まる商業中心地で、ジュバはウガンダ、ケニア、コンゴへの道路のハブになっている。 街に流れる川には川港がありナイル川へとつながっている。 ジュバとはこのような土地で、これが南スーダンの首都になっている。

ジュバには国際空港があるし、ホテルや大学もある。 大学は国立大学と、キリスト教系大学の二つがある。 従って、片足でケンケンしながら、手にヤリを持って裸で踊っている現地人の姿を思い浮かべても南スーダンの現実の姿とは程遠い。

この新しい国、南スーダン政府の部隊は北のスーダンからの干渉や、南スーダンに古くからいる精霊信仰を持つ部族もたくさんおりキリスト教徒もいる。 北に位置するスーダンのイスラム教徒が中心の国とは異なる。 又、南スーダンは新しい国だけに、部族の領主らが石油利権を主張し争っている。

今回、ニュースになっている国連の職員が襲われて、電話で助けてくれと言っても、近くにいる国連部隊は何もしてくれなかったと非難され、ケニア人司令官がて更迭された。 これに不満を示したケニア軍は南スーダンから引き上げたとニュースは伝えていた。

しかし、ケニアの司令官ですら、手を出さない国に、全く何の知識もない日本人が戦闘ではない、ただの衝突だと言って、ここでの紛争は今に始まった問題でないのに、武器を持って出かけて行ったところで災いを大きくするだけのような気がする。 シリアもイラクも最初はこのようにして始まった。

国連職員が電話で助けてくれと言われた、事実を確認することもなくそれを真に受け、駆け付けても、それを狙って、ドカンと爆弾が破裂する事などはざらにある。 ありもしない事を電話で吹いておびき寄せているのかも知れない。

日本でさえ日常で、ウソやでたらめの電話がかかって来て、人が陥れられる時代なのです。まして紛争のある国で、国連軍がすぐ駆け付けなかったとて、それを責め立てるのは事情を余りにも知らなさすぎるのではないか。 国連総長がケニアの司令官を更迭したようだが、ケニア軍をこうして引き揚げさせてしまった。

ケニア軍に代わって、自衛隊が武器を持って現地に赴かせるなどの考えなら、どこかマトが外れ、自衛隊に災いを招く為にそんな事をしているのではないかとも勘繰られる。

文化を再考する暇もない世の中

知恵には様々なものがあるけれど、カネは単一でまっしぐらに走る。 知恵がカネを制御する筈なのにカネが力を持ちすぎると暴走し出す。

若者には、カネがない。 希望がない。 亭主や嫁さんさえ持つ可能性もない時代に入り、若者は無い無い尽くしの生活に向かって、歩いていても、カネでも落ちていないかと、とぼとぼと、元気なく、うつ向いて歩まなければならないさみしい世の中になった。

何とか塾を開講するとか言うと、大勢が数万円のカネを出して人が集まる。 おっさんまでも、うまい就職口でも見つかるかも知れないと押し寄せる。 政治がどうのと言うより、塾の開口者の人気が落ちれば、引き潮のように人は去ってゆく。 元々、考え方に節操もないからこうなるのですが、この例は既に国民は見ている。 さて、今回の政治塾は?

「カネさえあれば」と、すぐそう言う人がいる。 カネには不動の価値があると思い込んでいるからなのでしょうが、少額では大きさに足りないからだと言う。 しかし、カネはそれを持つ者によって、それが少額であっても、大金でもそれで何を買うか、やるかによってカネの値打ちが決まる。 不思議な事に何を買ってもゴミにしかならない者がいる。

家庭には家具や電気製品、カーテンなど、衣服など生活を豊かにするための物をたくさんある。 まとまりなく買っていると、どうも落ち着かない。 こんなに豊かになったと、他人が持っていないモノをこれだけのものを持っているだけで自己満足していても、やはりまだ何かが足りないと思う。 それが何なのかがよく分らない。

こんな使い方をしている人の部屋に入ると、洗濯機はピンク色だとか、カーテンは黄色だとか、青だとか、どんな色の製品でもある。 それに例えたくさんの色があってにぎやかでも、バランスなく、他との調和もなく置かれている。

ゴミ箱を覗くと、使い捨てられたもの、壊れたものなどがあり、そこには色彩を考えられて入っている事はない。 そんなものを一日中見ていても落ち着かない。

人によっては、全く気が付かずに、全体も見られず、製品を一つづつその思いを込めて買っているが、こうして買った、部屋に集まったすべての製品は全体として見れば、それぞれに高額なものであり、一つ一つの使用価値があっても、視覚に入って来るものは、例えそれが新品でもただのゴミのようで落ち着かないことがある。 モノを買えば買う程、視覚の面からすると、部屋がゴミ箱に似たようなものとなる。

ゴミとの違いは何かというと、現在、使っているのが新しいかの違いしかない。 こうしてカネを持っても持っただけの満足が得られない。
着るものでも、ブランド物を買えば、見栄えがよくなるとか言ってみても、それも他との調和でよく見える。 そのような意識もなくカネを持ち、何でも高額なものさえ買えば生活が良くなると思い込んでいると際限なく外へ向かい、有名な海外ブランド物を有難がって買うようになる。 それに、いざ買っても価格に見合うだけの満足が得られるかどうかは別の話になる。

昔、海外の有名な服デザイナーが、 「服は着る者によって、良くも悪くもなる。 決めるのは着ている本人だ」 こんな事を言っていたことがある。

「服を着こなす」という言葉も、同じ考えから生まれたものでしょう。 これと言葉は違っても、有名デザイナーが言っていた事と同じ。 これも「いくら立派な服でも、バカが着れば、服まで見える」と言いたかったのでしょう。

しかし、売っている側が、店で客にそんな事を言っていても商売にならない。 売って利益の出る服を、おだてて客に買わせる技術に熟練し、たくさん売る店員が優秀な社員となる。 ひいては管理職になり、社長に迄昇りつめるのがこの社会なのです。

百貨店などで服を買おうとすると、それなりに色彩のアドバイスをする者がいるようだが、客が買おうとしている服を、例えそれが親切心から的を得ていても、「それは、あんたが着ても似合わないっすよ」とアドバイスをする者はいない。


今はどうかは知らないけれど、昔、このような事に関連して、イギリスでは、住む家がゴミ箱のようにならないようにと、色彩にアドバイスをして回っている公務員がいるとの新聞記事を読んだことがある。

だから、街を歩いても、住宅街を歩いても、そんなけばけばしい色彩のものはほとんど見かけなかったのを見て、なるほどと思った事がある。 これも血迷ったカネの使い方をせず、少しでも満足のいくようにとの考えから、こんな事が行われていたのでしょう。

最近、テレビの旅行番組を見ていると、イギリスでは、わずかな距離を、昔に走っていた汽車を動かせていた。 それに乗ってどこかの目的地に行くのでもない。 汽車に乗って田舎を走る。 乗っているのは子供が多い。 小さい子供が乗れば親もついて乗る。 子供は車窓から見える田舎の景色を見て喜んでいる。 子供のペースに合わせて汽車はゆっくりと走る。 子供を中心にゆっくり走り、こうして古い汽車でも新しい価値を見い出している。 百貨店の屋上で200円入れて、おもちゃの汽車に乗せて喜んでもらうより、本物の汽車なので一層の現実感がある。

日本では、電車と言うと、超電導電車で主要都市を結ぼうとしている。 日本中をそんなもので駆け巡っても、それで誰を満足させられるのだろうか。 コンピューターが乗数倍に進歩して来ている中で、電車で猛スピードで目的地に着く必要性自体が減っている。

帰省時になると、新幹線もサラリーマンや子供連れで満席になる。あふれるくらい人が乗る。 電車にとって儲ける時期になる。

しかし、猛スピードで爺ちゃん婆ちゃんに子供を連れて訪問する理由がどこにあるのだろうか。 より高い運賃を取るために、新しい速い電車を敷設する。 超電導電車はまさにこの考え方の先にあるもので、少しでも早く、料金はそれにつれて高くする。

帰省時に電車を乗客で満杯にするためには、人には長時間、休みも乏しく、ぎりぎりまで働かせてれば、そのわずかの隙間の休暇を狙って猛スピードで田舎へ帰るという事になる。
このような考え方なら、長時間労働だとか、休みが少ないとか、このようなぎりぎりの与えられた時間という裏付けがあって、猛スピードで走る電車が成り立つ。

しかし、子供連れなら、猛スピードで走る電車は体験の一つとして語られても、イギリスのような古い汽車で子供たちがわいわい喋りながらトロトロ走る電車の方が子供は喜ぶし、満足も大きい。

日本でもSLとか、古い汽車をたまに走らせているが、大人中心で、カメラを少しでも売れるようにとか、無理に人の趣味を作り上げた感じしかしない。

バー付きの電車とか、高級料理が食べられる電車とか、超豪華列車だとか言って走らせても、常に大人中心で、いかにしてカネを使わせるかという発想が出発てになっている。 いかにして人に満足を与えるかより、カネをどうして取るかの方が優先する。 人に満足を与えるなどは、理由の後付けでしかなく、こんな発想ではいずれ破たんする。

ヨーロッパでは、古い街でも、都市計画が明確だったのか、建物は高さも様式も統一されている街がたくさんある。

隙間があればどこにでも建物を建て、一つづつの建物は現代的でも、ただ雑然と並んでいて、都市の美観を考えられてできた国とは街の外観が随分違う。 マンションや高層ビルなど関係なしにどこにでも立つ。

こんな街を見ると、遊園地のにぎやかさがあっても、住んでいる人間だけが満足しているのであろうが、それを見ていてもどこか落ち着かない。 これも電車は速ければ速いほど良いなどのような事と同じで、 物が与える人間への心理や影響については何も語られない。 いずれを見ても、人に満足を与えるという最も肝心な視点に欠けるし、そんな余裕もない。

個々人の服装から、都市計画、行政が税金で何を使うか迄、はっきりと、それを使う者の性質や知恵の度合いが見えてくる。

「アホにカネなど持たせてもロクな事はない。 全てがゴミになる」と言っても、行政に知恵がないと、やはり、規模が大きくて、そうなるだけの事でしかない。 大きいだけに我々、貧乏人にはそれが見えにくいだけなのです。

多発する地震と水との関係は?

 

先週、座っていると、何となく部屋が揺れているやうな感じがした。 身体の調子でも悪くなったのかと、それ以外の事については頭が空になってしまって、他に何も思い浮かばなかった。 しばらく頭を動かさずに、じっとしていたが相変わらず揺れている。 頭を上げて首を回すと、横の部屋のペンダントランプがぶらりぶらりと揺れているのが見えた。 身体の調子のせいではなかったので、ほっとした。

一体、どこで地震が起きたのか、すぐテレビをつけた。 すばやく画面上部に文字で表示された。鳥取だった。

数年前からネットでは、地球は既に地震の活動期に入っていると、何人かが言っていた。 その言葉通り、最近、日本の各地で地震が起きている。

それに、地震の起こる日を予測し、度々、それを的中させる人がいる。 何月何日の日は用心する日だとか言っている。 月の満ち欠けを一つの判断にしているようだが、その予告した日と、起こるその時間を、傍にあった紙切れに、その日時を書いておいた。

地震が起きた時、それから既に2週間程経っていたので忘れていたが、地震の翌日、書いておいた紙切れの事を思い出し、探して確かめてみた。 すると、ほぼ的中している。 予告した推定場所とは違ったが、地震については、日にち時間ともほぼ的中している。
世の中には、大変な事を予測する人がいるものです。

夏、2リットル入りのミネラルウォーターを買った。 しかし、飲むと以前とはどうも味が違う。 前年にも同じ会社のミネラルウォーターを買って飲んだ。 記憶に残っている味と比べても違いがあった。

ペットボトルには小さく表示された成分表が載っていた。 見ると、他の会社の水の硬度と較べても1/10程だった。 だから安かった。 水道の水のようだった。

どこで汲み上げているのか知らないけれど、水源地に地殻変動でも起きているのだろうかと余計な事を思わせた。

日本で飲む水はわざわざミネラルウォーターを買わなくても、昔から、硬度は高かった。京都は山に囲まれているせいなのか、街中の井戸水でも、こんなに硬度は低かった覚えはない。 だから喉が渇いた時に水を飲むと満足感があった。 水とはこんなものだと思っていた。

今では、地域によって水に硬度の違いがあるのか、高い硬度の水を汲み上げられる場所のミネラルウォーターはそれなりに値段が高い。

日本で、こんな硬度の低い水を飲むと、これと地震との関係は知らないけれど、水源地に何か異常でも起きているのだろうかと想像させる。

サハラ砂漠周辺の街で売られていたミネラルウォーターを思い出した。 しかし、ここでの水は更に硬度が低かった。 いくら飲んでも水を飲んだ感じがせず、中々馴れなかった。 つい水を飲み過ぎて身体を壊した思い出がある。


日曜の朝のワイドショーでは、中国人が最近、北海道で広大な土地に買い意欲を示しているなどと話題にしていた。 土地買い目的として、いろいろ考えているようだが、周辺に何もない広大な土地に日本では農業でさえする者がない。 そんな土地に中国人が買い意欲を示しているので、そのの狙いの一つとして地下に眠る水資源ではないかという事だった。

せっせと、こんなものに目をつけて来る。 土地にそんなに利用価値が無くても、土地の名前と水の硬度によって、水が不足してくれば、いずれ地域の価値は跳ね上がる。

そこで汲みだす水が硬度が高いなら、汲み出して北海道の名前を付けて売りだせば、土地の購入代金などすぐ元が取れるとの算段なのでしょうか。

地下水は年々汚れる。 いずれ、飲料水は足らなくなるとも言われている。 日本人には、まだ水のブランド化に目が向かないようで、土地の使用価値しか見ていないと、こうした事情に聡い、先を見越した中国人に北海道の土地を買いたたかれる。

フランスのパリなどでは台所の蛇口をひねって出す水は、直にコップに入れても、日本の水道水と同じで透明で何も気が付かないが、沸かすと、やかんの底が白くなるのが分かる。 石灰質が溜まるのです。

こんな事情だから、この国では石灰質のない硬質の高いミネラルウォーターは昔からいい値段で売られている。

他方、国が接しているスイスのミネラルウォーターは余り聞かない。 ここでは、夏は、蛇口から出てくる水は冷たくておいしい。 ミネラルウォーターなど買って迄、飲むほどの事ではないとの気質なのでしょうか。 フランスと較べてもその意識は低かったような印象だった。

このように、水資源の豊富な国では、ミネラルウォーターについては余り騒がない。 同じく、日本も山が多く、そんなものを買ってまで飲むほど大層なものでないと思われていたようだった。 それが、最近、日本でも、ミネラルウォーターが、日本産ばかりでなく外国産の水が店頭に並ぶようになった。 地震などの多発によって、変化し始めたのでしょうか。

アルジェリアでは、地中海沿岸に人口が集中している。 人口の増加と共に、水も足らなくなって来たのか、淡水化工場を建てて、海水を淡水に変え出した。 世界の水事情もこうして徐々に変わって来た。

この国では近代化がどんどん進んでいるが、アルジェからもうすぐ電車が開通する。 石炭やジーゼルで動く汽車ではないので余計に工業化が進んでいるのが見える。 電気で動く電車がもうすぐ開通する。 まだ20km程の距離だが、トンネルや陸橋、駅に至るまで、ヨーロッパで見られるようなものにしてあるらしい。

トルコの企業との合弁で電車を敷設したが、開通予定日は今年の10月25日、現地時間で今日になる。 しかし、予定日はあくまで予定日。

工事に取り掛かったのが、2011年の6月だから、随分、長い期間を要している。 遅れた理由は、工事に取り掛かり線路を敷設しようとすると地権者が現れ、その度にモメて工事が中断したとの事だった。

この点については昔と少しも変わらないが、それでも、このような記事を読むと、隔世の感がある。 アルジェリアも随分変わって来た。
しかし、日本では、ついこの間、NHKで歌の番組で、「ここは地の果てアルジェリア ♪」と、まだ、のんきにこんな歌を恍惚として歌っていた。  アルジェリアに電車が走るというのに!

赤道近くのコートジボワールでさえ、私は貧しくて持っていないが、ここでは国民のほぼみんなが携帯電話を持っている。

コートジボワールと言っても、お年寄りにはピンとこない。 象牙海岸と言えば、国がアフリカのどのあたりに位置するのか見当がつく。 フランス語のコートジボワールを日本語に直訳すると、象牙海岸になるだけの事。

これを見ても日本語がフランス語になっただけで、国名は昔のままで何も変わっていない。経済事情は確実に変わって来ているのに、国名だけは日本語からフランス語に替えて、何かが変わったような錯覚に陥る。 。

又、インドのムンバイと呼ぶ地名がニュースで度々出てくる。 お年寄りが持っている古い地図帳ではいくら探しても出て来ない。 ボンベイと言えばすぐ分る。

ニュースでこんな言葉が出てくると、一回づつ調べなければならない。 自分で調べたものに、北京がベイジンになり、ビルマがミャンマーになり、東パキスタンがバングラデシュになり、セイロンがスリランカになっていた。

テレビ局の楽屋裏では、「年寄り、余計な事を考えずに、もっともっとアホになーれ ♪。 アホになって天まで昇れ!」とでもいっているのだろうか。

日本の科研費と大学院の劣化に関する事

日曜朝、日曜討論を時々、他の用事をしながら見ている。 だから、真剣に見ている状況ではない。 今回のテーマで、ところどころ聞いた所によると、

「最近、日本でノーベル賞受賞者が増え、それで国民が喜んでいるが、それは30年~40年前の業績が評価されただけで、今の大学や研究員に対する現状を見ていると、日本の科学技術の将来は危うい。 現在の科研費(科学研究費補助金)が年々低下している状況を見ると、将来、ノーベル賞受賞者のような人材は出て来ないのではないかと非常に心配している」 ゲストの発言からこんな事が言われた。

これは以前からネットでも言われていた事だけれど、そう言われながらも、大学への補助金も、科研費も年々低下して来た事のようだった。 それに、大学院を出ても民間企業への就職先も見つけるのが困難で、あってもせいぜい科学分野だけ。 こんな事情から大学院生の数も先細りであるとの事だった。

大学と大学院では、その役割とか勉強の目的が違う。 大学院になると、論文を書くのが主になるので、教室で授業を聞いて、試験が来たら良い点を取ってなどという事はほとんどない。

論文を書くについては、予め計画を立て、書いたものにについてあれこれ先生から注意や助言を受ける。 この資料はこの図書館に行けば見つかるとか、それを読んでからもう一度、書いて持ってこいとか、書き直せとか。 こんな事を言われ続けて何年も過ごす。 データを探して、この文の間に入れろとか、図を添えろとか、素直にそんなデータや図が見つかれば良いが、そんなに簡単に見つかる事はない。 こんな事を言われて年月を過ごす。 終わりのない道を歩いているようなものです。

だから大学院出の肩書を得る事が主目的だと、ただいじめられているようにしか思えない。 それが勉強とか教育なのだという事が理解しにくく、先生は学位をくれる気が無いのかと思い込み、挙句の果ては、ナイフで担当教官を刺し殺したとか、女学生なら担当教官にチカンされたとか、腹いせにこんな事まで言い出すようになる。

中には、先生が殺したと言うのもあった。 ワイドショーでは、「痴情の果てに、、、」などと言っていたが、こんな者達は最初から、大学院がなんであるかをはき違えているからこんな事件が起こす。

事件が起こらないだけで、大なり小なり誰しもそんな気持ちになるのではないだろうか。このような事をしながら文章の書き方を覚え、要領を得て何とか書けるようになる。

どこの国でも、日本でも、大体、それほどの違いはなく、大学院と言えば、こんなものだと思われる。

こんな事をして多少でも苦労して来た者は、立派な文章か、スカタンな文章の違いはあっても、曲がりなりにも文章は書けるようになる。

こんな事情を知らない人は、大学院出の者の仕事ぶりを見ていると、のらくらしているようにしか見えないのかも知れない。 そんな者達に補助金などとんでもない。削り倒せと、行政のエライ人は言い出す。


組織とは、中にいる者同士の地位の獲得競争のようなものなので、自分達より優れた者と思えるような者が中に入って来ると、組織の長がトンマだと、その下の者達が業績成果がすぐ現れて来ないこんな大学院出の者と一緒に仕事をしていても、仕事がうまく行かない。 融和が難しい。  波長が合わない。

元々、経営者自身に、大学院でやって来た事の意味も良く解らないと、その役割も分らず、そんな者を使う術も分る筈もない。

大会社でさえ、時代の変り方も速度を速めて来ると、目に見える成果だけしか追えなくなる。 こうして大学院出などただ肩書をつけただけの能無しとしか見えなくなるし、就職先にも苦労するようになる。
すると、社会の上層部に、役割に応じた人の使い方が出来ていない事自体が、ポスドク浪人とか、社会をさまようオデュセイアとか呼ばれる行き場所のない、さまよえる人間を産んでいる根本原因ではないだろうか。

アメリカでは、Twitter、FaceBookなど、ちょっと気の利いたプログラム作成に得意な高校生なら作れるようなプログラムでも、現在のようにほぼ世界中に広がった。 カネがなくてもここまでやれる。 装置産業でもないので設備対する投資もほとんどないのに、こんな会社にカネが集まって来る。

これを見ても、資本に対する考え方がアメリカと日本では考え方がはっきり違うのが分る。
資本とはカネに人間の知恵や知識が一緒になったものと言われている。 この二つの要素から資本は成り立っている。 その割合が、時代と共にカネよりも知恵の方に大きく比重が傾いて来た。 だから、わずかなカネでも知恵さえあれば大資本に対抗できる位に迄になれる。

しかし、日本では知識や知恵はタダ。 価値があっても無料と言う感覚があるので、結局、カネのチカラがこれらを潰してしまう。  従って、こんな事情を抱えている日本では、ペテン師が生まれても、新しい事業は中々生まれて来ない。

資本の二つの要素の一つ、他方、カネの側面を見ると、バブルの初期には、都会の近郊で農業をしていた者が、土地を信じられない価格で売れ、カネがたくさん得た者もあちこち現れた。 持ち付けないカネを持った息子がドラ息子となり、スポーツカーを乗り回し、踏切で電車に衝突して死んだとかの話があったが、このように、たくさんカネを持ち、そのカネで何でもできそうに思うが、やはり、知恵が無い事には、そのカネを維持する事すら出来ない。

こんな極端な例を見るまでもなく、

土地を売って、有り余った金を、マンションを建てて家賃収入で左うちわで過ごそうとか、余りにたくさんのカネを持つと、誰もが、大体、常識的にこんな事を考える。 しかし、バブル崩壊後は、地方の過疎化が目立ち、一軒家でも空き家が目立つようになったと言われる。 このような場所で建てられた、まして駅から離れたマンションがどんな経過をたどるか大体、みんな想像が付く。

銀行迄、その後ろを押した。 銀行のような大企業でも、資本の要素のカネの側面だけを見ていたので、マンションを建てると聞きつけば、喜んでたくさん融資を行った。 こうして土地バブルを生み、バブル崩壊後は、それが裏目に出てトラブルを抱え込んてしまった。 そのトラブルの後遺症が、皮肉にも、会社にも融資先にも社員に迄にも出る結果となった。

このように、資本に対する考え方が日米では随分違う。 日本はいまだに、資本と言えば、カネの占める役割が多く、何でもカネの力で競争相手を打ち負かそうとするし、そのカネの量で相手をひれ伏そうとする。 この考えを端的に表したのが、一か月の生活費が国民一人当たり1万くらいの国で、資本金が5兆だとか、自慢げに広告を出して平気な顔をしている。 考え方がこんな所にも現れる。

こうして、派遣労働が蔓延し、低賃金で際限なく働かせようとする。 若者から時間を奪い取り、ITと言っても、社会のエネルギーは有益なプログラムより、むしろマンガへと進み、コンピューターをいじっていても、その場限りで終わるものが中心となる。

悪い循環へとギアが入り、それが回り出している。 だから、国民に無意味なストレスをだけ背負わせる事となる。 これも人の知恵よりカネが優先するからからなのでしょう。

急速に変わるアフリカ

大阪のだんじり祭りで死亡者が出た。 最近では、毎年、祭りになると、どこかで、このような事故が起きる。 催しで、火縄銃の披露していると暴発したとか、屋台のプロパンガスに火が付き、爆発して死者が出たとか、みんな集まって楽しんでいると、こんなニュースが出て来る。

常日頃から、我々は不審者の観念で縛り付けられているので、昔と較べ、外へ出て人が集まって活動する事が少なくなった。 しかし、テレビでは、事ある毎に、人が集まってにぎやかな様子を映しているが、昔ほどの関心を人は示さなくなった。 だから余計に白々しく見える。  最近の世間で起きる奇怪な事件や、貧困からくる自殺などを見ても、テレビで映す、にぎやかな祭りなどの光景が、一生懸命にテレビで映せば映されるほど、どこか創り事のやうに見えて来る。

それに、たまに、こうして、年に一度の催しで、張り切って参加すると、身体もそれに順応しないし、事故も起こりやすい。 それを機会に又、祭りの取りやめなどの声が上がり出す。

スペインでも、バルセロナで、闘牛禁止の条例が出て、又、それを取り消しとか言い出した。 世界中でありとあらゆる事で人の気持ちがこうして、ゆすぶられる。

こんな事を言い出すと、どんな些細な事にでも言いがかりを付け出す。 際限がない。 イルカ漁の禁止とか言って、外国人が張り付いて監視しているとか、その理由もイルカは人間と同じ哺乳動物で、そんなモノを食べるなんて残酷だと言う。

すると、牛肉はどうなんだと言いたくなるが、人間は、とにかく自分に都合の良い勝手な理屈をこねる。

結局、これも椅子取りゲームと同じで、一度席を得ると、その場所をどかない。 座れなかった者は立ちっぱなしで周りをうろうろするだけなのです。 うまく行っても、地べたに座るだけ。 場所がぬかるみなら、座る場所もない。 貧富の格差もこれによく似た状態で創られる。 一旦、椅子に座った者は、どんな事があっても、自分が座っている行為が正しいと信じ込み、それが正しいと理屈をこね出す。 座るための行動しかと取らない。他が見えなくなる。

格差が広がり、金持ちが増えたと言われるのに、高級品を売っている百貨店は赤字が続いているとか、ひどいのは閉店の案内が突然出て来る。

百貨店は人が集まりそうな良い場所にあるのに、カネを持っている者が増えても、人は百貨店を遠ざけ、物を買わなくなったのをどう説明できるのだろうか。

やはり、そこには、気持ち良く買えなくなって来た事情があちこちに目立つようになったからで、金持ち程、こういう事に敏感になるので、当然、足も遠のく。

若者も、自動車を買わなくなって来たと言われる。 日本ではもう市場が拡大出来ない。
自動車を買えば、所有しているだけで、保険からガレージ代、車でどこかへ行けば、ガソリン代も必要だし、途中、スピードを出し過ぎたと言っては、罰金を取られ、シートベルトをしていなかったからと、又、罰金。 免許の更新時には、これらが集計され、免許証にも青帯、金帯と区別され、それによって保険の等級まで変わってしまう。 自動車を持てば、カネのかかる事ばかりで、ヨーロッパではこんな制度はなかった。

自転車に乗っても、今では、乗り方が悪いと、罰金か講習を受けさせられる。 それもタダではない。 自転車に保険をとまで言い出した。 自転車で年寄りをはねて死亡させ、一億円以上のカネがかかったなどとテレビで事前に宣伝していた事があった。

子供でもいれば、休みにどこかへ遊びにつれて行く事も多いだろうが、いなければそんな必要もなくなる。 歳をとると、自動車を持っていなくても、それほどの不自由を感じない。 買い物は通販で済ませられるし、カネのかかる自動車を持つ事のメリットが大幅に減った。
イエメンでは、空爆で多数死者が出た。 家族や親せき、友人が葬式会場に集まり、それぞれが憎悪を燃やして、復讐心を抱いている。 皆が集まって来たその葬儀会場を、更に爆撃され、死者を弔っている親戚縁者に迄、多数の死者を出した。 こうして憎悪が確固たる信念へと広がって行く。

アフリカはここ2~3年の間に急速に変化をしてきた。 現地の新聞を見ていると、そう感じる。 先進国のアフリカに関する記事からではそれほどの感じはしないけれど、現地では国が若いだけに、 常識的に先進国がたどって来た同じ道を歩む必要もないと考えるのか、発想自体からして違う。

こんな国の企業の社長や政府の要職についている者は、大体、ヨーロパの大学で勉強して来ている者が多い。 発想からして先端的になる。

それに、昔はヨーロッパの植民地だったところが多く、公用語がフランス語や英語で、彼ら自身がフランスの新聞やアメリカの新聞をアフリカにいながらにして読み、パリやマンハッタンの生活がどんなものかを知るようになった。 日本人が想像する以上に、欧米に関する情報や考え方を直に取り入れるようになった。

これまでは、日本から現地の新聞をネットで読もうとしても、回線が細く表示にも時間がかかった。やっと表示されても、文字も少なく大した記事も載せていなかったし、こんな事情もあってか読者も少なく、ヨーロッパからアクセスして来ても、その内にあきらめて読まなくなる。

彼等もこれらの事情に気が付いたようで、まだ道路や下水などもロクにないのに、彼らは、データセンターの必要性を説き、これからはネットで世界に発信していかなければ、海外から投資は呼び込めないとか言っている。

すると、間もなくデータセンターが整って来た。 アフリカでは国民も約半数がスマートフォンのような物を持ち、それでネットを見、遠く離れた者との会話をしている。 2050年には、世界のデータの4/1はアフリカが占めるとまで言うようになった。

しかし、こうした社会の地殻変動が起きているのに、アフリカに対するイメージを未だに昔のまま。 開発援助だからと言って、個人所得が1/20~1/30位の国で、日本人に果たして現地人の為に現地でデータセンターを創るような発想があるだろうか。

データによると、コートジボワールでは、2012年で、一人当たりの個人所得は、$1920、国民の96%が携帯電話を持っている。 ブルキナでも、人口の60%近くが携帯電話を持っている。

最近、この1~2年で、こうした国でウェブページも改善され、表示も速くなったし、記事もそれなりに長くなった。 現地を知るには各種のデータも載せるようになった。

このように、アフリカも身近に感じるようになったのが最近の大きな変化です。 限られた資本で一番効果のある方法を考えているのでしょう。

ケニア・ナイロビで、国際会議が開かれ、日本が今後3兆円の投資を予定しているとか言ったのも、こうしたヨーロッパ諸国の理由に足並みを揃えた事からだと思うけれど、とにかく日本人一般のアフリカに対する考え方が、まだどこかマトが外れているような感じがしてならない。

豊洲の問題は何故起こったのだろうか

「豊洲の盛土を行わない方針を、いつ誰が行ったのか特定できない」

よくもこんな屁みたいな事を言って、さんざん騒いだ挙句にうやむやにしようとしているのだろうか。 すると監督責任はどこへ行ったのか。 監督責任すらも、どこへ行ったか分からない。 こんないい加減な方法で組織が運営される事はない。 一体、何の為の上司なのか。 これだったら、「ウソや屁はこいた者勝ち♪」という事になる。

「空気」などと得体の知れない理屈を持ち出し、ウソ、ゴマカシでやって来た事を隠そうとしても、現実にはそれを決定した者がいる。

「いつ、だれが、決定したのか、ピンポイントで特定できなかった」とか言っているが、 メディアはこんな事の説明に山本七平の「空気の論理」を持ち出した。 これでは前知事の政治の機微に触れるとかで行方の解らないネットなどで買った絵画と同じ。 それも税金で、それがどこに渡ったのかは、いまだに解らない。
豊洲の問題もピンポイントで特定できなかったという。 こうして、都合が悪くなるとうやむやにされる。 このように、うやむやにする方法が、毎回、変わるだけでしかない

現実に動いているものの外側を空気でくるんで中身を隠して、ゴマカしているだけで、山本七平の言う、「空気」だけでそんな巨大なモノが作れるわけがない。

昔から日本には、「たらい回し」という便利な伝統伎がある。

不都合な事が発覚しそうになるとバレては困る者が、たらいを用意し、追及しようと一生懸命になっている者にコロコロと回させる。 到達点が無いので回し続けなければならない。 いつまでも回させて、それを横目で見ながら、相手が疲れてあきらめるのを待つ。 一生懸命にエネルギッシュに回せば回す程、くたびれるのも速い。

記者会見まで開いてこれだけ騒いで、挙句に前知事の絵画のような取扱いのような結果に終わると、今までの騒ぎは、ただの人気取りでテレビを独占していたとしかとられかねない。 そうなると、前知事の分を合わせた反動として跳ね返ってくる。普通なら。


マッチポンプの言葉はよく使われる。 しかし、どうも上滑りの感じで取り扱われているような気がする。

これはアメリカ発の言葉のようだと思っていたが、広辞苑を引いてみると、和製語となっていた。 意味は、マッチは火をつける事、ポンプは消防自動車の事から来ていて、この二つを自分一人で行うとの事で自作自演の意味にとらえられている。 それ以上の意味は無いらしい。  しかし、言語の意味は時代と共に進化してくる。

人が良い子に見える為には、悪者がいてこそ良い子が目立つ。 こうして時として、よい子の為の引き立て役になる事がある。 このような背景や経緯をもう一度ゆっくり見て、この考えを突き詰めてゆくと、アホでも自分が正義の人、善人の人の立場に立てる。 一人でこんな事をやるのは難しいけれど、集団ならこれが可能になるのが分る。

こんなしょうむない考えを持つ者がいる限り、悪者創りなど減ることはない。 むしろ増え続ける。
自分でどこかに火をつけ、これが大きく燃え上がり野次馬がたくさん集まり注目し騒ぎ出すと、今度は、消防自動車で駆け付け、献身的に、世の中の為に一生懸命になって消火する。

しかし、ワルはこれだけに終わらないのが問題なのです。 自分で火をつけておいて、消火して英雄になったのを利用して、今度は犯人を捜そうとする。 自分で火をつけておいて、犯人など他にいる筈がない。 火事を消して英雄になったところで、世間はこの英雄で正義の人の言う事を信じやすくなっている。 これを利用して世間を引き込み、正義ヅラをし、ありもしない悪者を追求し始める。 悪者創りの始まりです。 善人ヅラ、正義ヅラしているだけに、ただの悪者より一層、タチが悪い。

このような者は常に、悪者を必要とし、それを創り上げては生活の糧にし、権限や権力を増やす。 こんな社会では、陥れられる者はなくならないどころか、むしろ増え続ける。
些細な、どうでもよいような事にまで穴ほじりをやり出して大げさに言うようになる。 従って、今まで以上に国民や地域の住民の集団化が行われる。 集団化しておくと、こんな事がスムーズに行われるようになる。 これがアホが一人でマッチポンプをやっても難しいが、住民を集団化しておくと簡単に行える。

こうして、誰も気が付かない内に、正しい事を支持しているつもりでいても、カクストクラシ―(悪者によって運営される政府)を産む事となる。

メディアでは、援助交際とかおかしな言葉が世間に流れ出した。 海外に迄、こんな言葉が広がり伝わっているようだ。

ウソツキがメディアを握ってしまった事から原因を発しているので、スキがあれば、社会に混乱を巻き起こそうとする。

ヨーロッパの歴史を読んでいると、「age canonique 」の言葉があった。 文字だけ見ると、教会の定める年齢の事だが、辞書を引くと、「40歳の事で聖職者が雇える家政婦の年齢下限」と出ていた。

聖職者と言っても、家政婦を雇えるのは、そこそこ身分が高い者に限られる。 昔は聖職者と言っても、みんな独身、そんな家に若い女が家政婦としてやって来ると、いくら日々、聖なる事ばかり考えていても、目の前にいる若い女を見れば、まして他には誰もいない。

頭がムラムラとなって、間違った考えが起こらぬとも限らない。 やはり事件は起こったのでしょう。だからこんな法律ができたように思えた。

昔の40歳と言えば、今の60歳を超えているくらいの年齢になる。 ここまで歳を取っていれば、そう簡単に普通の者でさえ、そうおかしな考えもわかない。 人にもよるだろうけれど。

何でもない事のようだが、やはり、いろいろと深い意味の事が込められた法律だったのだろうと思われる。

実際、若いベッピンさんの家政婦が聖職者とおかしな関係になっても、大きな声でそれを言う者はいない。 世の中で一番正しいとされている者に、そんな侮辱的な事を世間に言った所で、誰も信じないし、むしろそんなハレンチな事を言った者が、村八分にされるか、世間の誰からも相手にされなくなり、のけ者にされる。 だから、上に立つ者のモラルが低いと、正義ヅラしていながら、何でも通るという事になる。 余程注意していないと、社会はすぐ転落してしまう。
フランスはカトリックの国なので、今でも教会に入るとその一角に、狭い場所があり、そこで、顔が見えないように神父と向き合い、小声で「今日、私はこんな悪い事をしました。昨日は、あの人と、イケない事をしました」などと、告白する場所がある。

そこでの会話が公になることはないと言われているが、教会の司祭は村中のうわさや隠れた出来事などがこれを通して把握できたと言われている。

きっと教会は、ここでの村人からの告白から「40歳以下の家政婦を雇ってはいけない」確固たる理由を見つけたのかもしれません。

現代の密告制度の始まりのようだけれど、法律は、こうして、間違いが起こらないように、深い考えで成り立っている。 ところが、日本ではどうだろうか。 どうすれば混乱を起こさせるか、悪者が創れるか、今の社会を見ていると、そんな事ばかりが目立つ。

by FUJII Yoshifumi